「勉強と仕事は違う」プロブレム
「学生時代は勉強ができて、有名な大学に入って、就職活動もそこそこ無難にこなし、期待されてわりと有名な会社に入社。めでたしめでたし……あれ?周囲の反応が今までと違う!なんか企画書や報告書の書き方まであれこれ上司に言われて……何かアホ扱い?」という方はいらっしゃるかと思います。
だいたいこのようなケースでは「あの人、○○大学卒なのに全然だよねー。やっぱり勉強と仕事は違うんだよねー」という陰口を叩かれているのですが、誰もが、多かれ少なかれ、「勉強と仕事は違う」プロブレムについて、社会人になりたてのころは悩むものです。今回は、「学校と会社で、文書がどう読まれるのか」という切り口で、勉強と仕事の違いについて考え、解決の糸口を探っていきたいと思います。
学校では「相手に読んでもらう」ことはあまり重視されない
たとえば、大学入試の小論文や、大学での論文の読者は、「健全な好奇心と良心を持っていること」が暗黙のうちに想定されています。筆者に対して非現実的なほど好意的な読者を前にした書き手がなすべきことは、「考えていることを、言葉を尽くして表す」ことであり、「その気持ちはきっと相手に伝わる」ということになろうかと思います。
しかし現実はそうではありません。人というものは、「自分のことは大事だけど、他人のことはどうでもいいので、真意などはあまり気にしない」とか、「自分以外の人の書いた文字を読むのはとっても面倒なので、できれば読まずに済ませられば一番だ」と思っていることもあるでしょうし(たとえば……あなたはこの文章を斜め読みしようとしていますよね!)、自分よりも読解力がない人に文を読ませるというシチュエーションもざらに発生します。
学校というのは真理を追究する場ですから、「不正確でもだいたい伝わればOK。むしろ正確であっても伝わらないのであれば、その論文は世の中に存在していないに等しいので書く必要なし」などという教え方はしないのです。
もちろん、それはそれで当然のことです。そんなことを学校が教えるようになった日には、子供たちの心はすさみ、ポッキーのチョコ部分だけを舐めて残りは捨ててしまうような悪人ばかりが生産されるからです!














