「ラーメン、つけ麺、僕イケメン!」でおなじみ、狩野英孝登場!
「ラーメン、つけ麺、僕イケメン!」「スタッフゥ~スタッフゥ~」などのギャグでブレイクした狩野英孝。いままでに例を見なかったナルシストのキャラクターに行きつくまでの苦節とは? また歌手としての顔も持つ彼の芸人活動との両立方法とは? 狩野英孝、成功の秘訣に迫る。

――子どものころは、どんなお子さんでしたか?
実家が神社なんですが、長男だったので、跡取りとして、厳しく育てられましたね。神に仕える身なんだからって。だから、バラエティも漫画も見ちゃだめ。新聞を読めといわれたり、友だちが遊びにきても、「いまは勉強の時間だから」って、親が友だちまでいっしょに勉強をさせたり。
そんななかで、親の顔色をうかがいなから、どうやって隠れてお笑い番組を見ようか、どうやって隠れて遊ぼうか、というのが、僕の子どものころからの課題でした。
――子どものころの思い出深いエピソードを教えてください。
やはり父がすごく厳しくて、「神に仕えるやつがそんなテレビを見るな。そんな本を読むな」と日ごろからいいつつ、でもクリスマスは盛大に祝うっていう(笑)。子ども思いの父だったので、クリスマスくらいはなんとかしてやろうっていう思いだったんでしょうけれどね。
あと、僕は「かぁくん」ってあだ名だったんですが、当時、光GENJIがはやっていて、諸星和己さんのニックネームが「かぁくん」だったので、すごくそのあだ名が気に入っていて。でも、あるとき川ですべって、頭を石にぶつけてしまって、縫ったんですよ。それ以来、あだ名が「貯金箱」に変わってしまって。どうにか「かぁくん」に戻して欲しいって思っていましたね。
当時から、目立ちたがり屋ではありましたね。学級委員もやっていたし、中3のころからバンドもやっていたし。学級委員を決める多数決で、笑いをとって、一票でも多く得ようとしていました。そういうところは、いまと変わらないですね。
――「イケメン」であるからには、やはり女性にはモテましたか?
僕が中高生のころは、L'Arc-en-CielさんやGLAYさん、SHAZNAさんなど、スーツを着て演奏するバンドが人気でした。だから、僕たちもそれを真似ていたんですが、スーツを着て楽器を弾くって、すごくかっこよく見えるんですよね。なので、ファンはいました。
楽器はバンドでは、キーボード兼ヴォーカルをやっていました。あとはギターと、小2から習っていたピアノですね。(次ページへ続く)














