日本的職場環境のイメージ
この連載、「革命的サラリーマン宣言」は、「どこが革命的やねん」とよく言われますが、外国を持ち上げて日本の企業風土を批判しないところが最高に革命的であると思うのですがいかがでしょうか。そうでもないですか。今回は、生まれてこのかた日本を出たことがないのに「日本の職場風土は…」とつい口にしてしまう人の話です。
いわゆる「日本的な職場のイメージ」とは、「ウエットで人間関係のコストが高くて生産性が低い」的なところかと思います。たしかに、ウエットな職場はありますよね。飲みにケ―ションや根回しや陰湿ないじめなど……そして、しばしばそれが生産性を下げていることは、なくはないでしょう。
企業全体の生産性を考えるのは経営者の仕事なので、ひとまず関係なしとしていいと思いますが、問題なのは、そのウエットで人間関係云々の話を、「日本的な職場」ととして、アメリカを持ち出して、「だから日本は……」と言うことです。わたくしも若いころは世間の風潮に毒されており、無意識に「だから日本は……」などと言っていましたが、考えたらアメリカに行ったことないし、アメリカはものすごく食べ物の量が多いらしく、アメリカが正しくて、それを全部見習うんだったらすごく大変だなぁと思います。あと金髪はあんまり好みじゃないし……。
それらを考えると、アメリカも、そんないいとこばかりではないなぁと思います。
と、話がすこし横道にそれたようですが、それていません!何が言いたいかというと、アメリカを持ち出して日本を批判する精神および、それを目の当たりにしたときの対処法について考えていきます。
「男性の女性批判」にとっても似ている不思議
以前、この連載でも取り上げた「男は論理で動き、女は感情で動く」という使えない偏見・・・どう誤解なのかというと、論理的かどうかの物差しをたとえば偏差値で切るのであれば、偏差値の高い女性と高くない男性だったら、それでも男性の方が論理的なんですか、という話です。偏差値がモノサシとして不適当というのであれば、別のモノサシを取り出して見ても、やはり特定の男性よりすぐれた論理的思考力をもった女性は少なからずというか多数いらっしゃることがわかるはずです。
「アメリカは論理で動き、日本は感情で動く」。ごくごく単純な日本批判はこの域を出ませんが、なぜ、まったく位相が異なるはずの「男性と女性」が「アメリカと日本」が似通っているかというと、つまり、言いたいことが同じだからです。お題目が性別についてであろうとであろうと、お国柄についてであろうと。
では、じゃあ、何が言いたくて女性批判や日本批判をしているかというと……それはこの連載で扱うべきテーマとはずれてしまいますので、「日本的」に控えておきますね。














