十年前と比べて、ビジネスや、通常のコミュニケーションでの、メールの占めるウエイトが大きくなってきていますよね。仕事上のパートナーの中には、メールでしかやりとりしたことのない人もいたりするかと思いますが、それだけ、人の印象における文章の割合が高まっているといえるでしょう。
「頭のよい人」という印象を与えたい場合は、つい、「漢字を増やした方がいいのかな」と考えてしまいがちですが、むしろ、ひらがなを増やした方が、スマートに見えることをご存知でしょうか。
変換できるから生まれた、漢字の無駄づかい
今は、何でも簡単に漢字に変換できる時代。ついつい変換キーを押してしまいがちです。
「変換キーを押したら候補が出てきているし、漢字にしておいた方がいいかな」と思うのですが、その「漢字にしないよりもした方がいい」という発想は、必ずしも万能とは言えません。
たしかに、「あえて変換キーを押さない」というのは、「漢字がわからない人と思われたらどうしよう」という不安を呼びます。特に、漢字に苦手意識を持っている人は、あせって漢字を多めにしてしまいがちですが、漢字を多用することによって、読み手に与えるイメージが想定外に重くなったりして、かえってスマートでない印象を与えてしまいます。「これ、本当に漢字にすべき?」と考えながら打つ習慣があるとバランスが取れると思います。
「わかりやすさの演出」としてのひらがな
また、最近よく聞くのが、「本当に頭のいい人は、頭のよくない人にもわかる言い方をするものだ!」という、微妙に居直り的な物言い。言っている内容は真実ですし、自分の心がけとするのであれば、とても有意義だと思うのですが、聞き手の立場から、自分の物分かりの悪さを棚に上げて「自分がわからないのは、お前の言い方が悪いからだ」と言う人もたまにいて、それはどうかと思います……とはいえ、先方がそうおっしゃる場合は、アカデミズムに対してのコンプレックスをお持ちなので、触らぬ神にたたりなし……。
ということで、わかりやすく語るに如くはなし、で、手軽なわかりやすさの演出の一環として、漢字を減らすことはとても重要になってきます。
漢字の使い分けのリスク回避として、ひらがなを使う
漢字が正しいかどうか見てくれるのは、学生時代まで。社会人になったら、誤字は、ネタとして面白いもの以外については、原則的にスルーされてしまいます。
誤字を見つけたとしても、「あんた漢字の使い方おかしいで」などと言うと、なんかすごい重箱の隅をつついているようでカッコ悪いため、「まあいいか」と、不問に附してしまうのがほとんどです。こちらとしては教えてほしいものですが、悪役を買ってまで教育してくれる、愛のある人は少ないのです。
ということで、誰に注意されることもなく、「確立が高い」「シリーズ第一段」「金使いが荒い」「その話は一旦置いて」などの変換ミスをしてしまいがちです。
「のぼる」は、「登る」「上る」「昇る」、「はかる」は、「図る」「測る」「計る」など、さまざまな漢字表記があります。変換のときに用法が出てくるものもありますが、「結局どっちなのよ」と迷うものもあるので、ちょっとでも迷うのであれば、ひらがなにしておいた方がよいです。せいぜい「この人はひらがなが好きなんだな」と思われるだけなので、リスク回避としてもひらがなをオススメします。
(なお、念のためですが、「確率が高い」「シリーズ第一弾」「金遣いが荒い」「その話は一旦措いて」がより正しいです。)
ということで、以下、漢字とひらがなの考え方と、具体的な使い分け術について考えていきたいと思います。











