負け戦こそ、チャンスと知れ~古今の名将、一発逆転の名言
ライターになって今年で8年目になります。これまでは売上げ前年比を毎年上回る、高度成長期にありました。まあ、初年度の売上げがわずか50万円だったので、増収増益になるのは当たり前と言えば当たり前なのですが。
それが、昨年2009年、初めて前年比を下回る見込みとなりました。『就活のバカヤロー』の続編、『強い就活!』がボチボチ、『ヤバイ就活!』がバッタリだったことが原因です。言うなれば敗北の1年。しかし、だからと言って歩みを止めるわけには行きません。読者の皆さんも、リストラや倒産、給与やコストカットなど、苦い経験をされたのではないでしょうか。
とはいえ、苦しいのは私たちだけではありません。歴史は繰り返すとはよくいったもので、状況は違えど、同じような思いをした先人たちがいます。なかには、敗北やピンチから立ち直り、名将として歴史に名を残した例もあるわけです。彼らが残した名言は、現代社会で苦しむ私たちをも励ます普遍的なメッセージを持っていることでしょう。
というわけで今回は、第二次世界大戦前後の時代を中心に、4つの名言をご紹介します。
(1)シャルル・ド・ゴール、パリ陥落にめげず
1940年6月、ドイツ軍の攻撃によりパリが陥落。フランス政府はドイツ・イタリアと休戦し、親ドイツ的なヴィシー政権に代わります。休戦とは言え、パリなど北部がドイツに占領されました。 これに抗するため、ロンドンに亡命したのがシャルル・ド・ゴールです。
当時は、陸軍少将で機甲師団長という一将軍に過ぎませんでした。しかし、ド・ゴールは亡命政権である自由フランスを設立、6月18日にイギリス・BBC放送で歴史的なラジオ演説をします。そこでの有名な名言がこちら。
フランスは戦闘には負けたが、戦争に負けてはない
なんと言う負け惜しみ! 首都が占領され、政府は休戦を申し込んでいます。なのに、「負けたのはあくまでも一時的なこと。戦争全体ではまだ負けてはいない」と言っているのです。さらに、
フランスはまだ広大な帝国領土が残っている
どんなことがあっても抵抗の火は消してはならないし、消えないだろう
この歴史的な演説により、イギリスは自由フランスを承認。ドイツに抗戦します。フランス国内のレジスタンス運動が盛んになったわけではありません。親ドイツのヴィシー政府に協力する人も多数いました。
しかも、言うのはタダですが、この時点ではド・ゴールは一将軍に過ぎません。自由フランスと言っても、ドイツ軍やヴィシー政府の兵員に比べればごく少数でした。荒唐無稽と考え、すぐにレジスタンス運動に参加しないフランス人が多数いたのも無理ない話です。
さらに言えば、ド・ゴールは民主主義国家としての絶対条件、つまり選挙によって選ばれたわけではありません。実際、その点を不安視するイギリス政府関係者は多く、ド・ゴールのBBCでの演説を止めさせたらどうかとすら考えていました。
チャーチルはド・ゴールを支援しますが、アメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領は「国民に選挙されたわけではない。あれが救国の英雄か?」と相当冷淡でした。アメリカはイギリスと違い、1940年の時点では自由フランスではなくヴィシー政府を承認していたほどです。
なるほど、ルーズベルト大統領の見方ももっともかもしれません。しかし、ド・ゴールは抵抗運動をまとめ、ドイツと戦います。そうして徐々に同志を獲得し、アメリカはじめ諸外国もその力を認めるようになっていきました。
絶体絶命のときでも、負け惜しみでも何でも踏みとどまることの大切さをド・ゴールの演説は示しています。ド・ゴールは亡命政府の指導者としての地位を確立、1944年にノルマンディー上陸作戦が成功すると、パリ入城を果たします。その後、大統領となり1970年に死去。彼の名前はパリの国際空港などに残されています。(次ページへ続く)













