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 お笑い芸人は、芸のとおりちゃらんぽらん? いえいえ、苦労しています。話題のお笑い芸人が、挫折、苦悩、将来への不安など、自らの半生を語ります。今回は、トランペットとキーボードを同時に演奏する音楽芸人・こまつが登場! 独学で腕を磨いた彼がなぜ「お笑い 」にたどり着いたのか、その経緯に迫ります。【バックナンバーはこちら】



音楽芸人・こまつ、CARRERzineに登場!

 トランペットとキーボードを自在に操り、同時演奏までこなしたり、「上を向いて歩くダースベイダー」など、映画「スター・ウォーズ」の曲かと思えば、いつの間にか「上を向いて歩こう」が混じっていたり、ドラゴンクエストの曲かと思えば、古畑任三郎のテーマになったりといった、見事なコラボ曲の演奏で人気を博す、音楽芸人・こまつ。

 この稀有な能力はどうやって備わったものなのか? 才能なのか努力なのか? その謎を解くべく、奇才、こまつの半生を追った。

――子どものころはどんなお子さんでしたか? また子ども時代のエピソードを教えてください。

 まわりにいわせると、人見知りしない、人懐っこい子どもだったみたいです。それでいて、すぐ泣くんですよ。「THE 子ども」みたいな子どもでしたね。そのころは、電車がすごく好きで、よく見に行ってました。それで、すぐ迷子になる(笑)。

 あとは、僕は三人兄弟の末っ子なんですが、兄が2人とも剣道をやっていて、僕もやるってなったんですけれど、稽古中に面を受けて気絶しちゃったんですよ。それで、頭に衝撃を与えると意識が飛ぶっていう病気になっちゃって、剣道ができなくなりました。そこで、僕と兄2人とのあいだに差ができてしまったんですよね。そのせいもあってか、いつもお兄ちゃんにくっついてる弟でしたね。

――そのころの夢はなんだったんですか?

 なんにも考えてませんでしたね。あわよくば、忍者になりたいとか(笑)。忍者になれたらかっこいいな、くらいで、将来のことを真剣に考えたことはありませんでした。

――子どものころに聴いたり、影響を受けた音楽は?

 うーん……ラッツアンドスターとか山口百恵さんとかは、両親が好きだったので聴いてたかなって感じですね。

 あと僕、子どものころからゲームがすごく好きで、ゲームの音楽をラジカセで録音して聴いたりしていました。ゲームも、末っ子だから、兄たちばかりがやっていて、あまりやらせてもらえない。その反動もあったかもしれませんね。

――楽器はいつごろ、何から始めたんですか?

 小学校4年生のころに、クラブ活動で、金管バンドクラブと鼓笛隊クラブがあったんです。僕は鼓笛隊のほうがやりたくて、先生にいったら、「鼓笛隊は5年生からだよ。それに、鼓笛隊クラブに5年生で入るには、4年生のときに金管バンドクラブに入ってなきゃだめなんだよ」っていわれて、金管バンドクラブに入って、トランペットを始めたんです。

 で、5年生になって、「鼓笛隊をやりたい」っていったら、「いま金管バンドクラブに入ってるんだから、そんなの無理に決まってるじゃないか」っていわれて、僕、完全にだまされてたんですよ(笑)。それで、クラブ活動には、一切行かなくなりましたね。そのころは、そこまで音楽が好きってわけではなかったかもしれません。(次ページへ続く)


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INDEX
音楽芸人・こまつ登場!【前編】 独学で音楽を学び、「お笑い」にたどり着くまでの軌跡
音楽芸人・こまつ、CARRERzineに登場!

独学でトランペットとピアノをマスター

ホームレス状態でやっていたストリートライブが原点

はじめは抵抗があったお笑いの世界に飛び込む





著者プロフィール
大川内 麻里(オオカワウチ マリ)

1977年、福岡県生まれ。出版社勤務、編集プロダクション起業を経て、フリーランスのライター/編集者。

経営者の父を持つことから、幼いころよりビジネス書に慣れ親しみ、現在は年300冊以上を読む。『夢を実現した わたしの仕事 わたしの方法』(ダイヤモンド社)では、キャリア女性50人をインタビューし、働き方・生き方に迫った。

ビジネスバイブル3冊は『仕事で本当に大切にしたいこと』大竹美喜、『戦わない経営』浜口隆則(ともにかんき出版)、『プロフェッショナルの条件』P.F.ドラッカー(ダイヤモンド社)。

オフィシャルブログ http://okawauchimari.net/






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